マイケル・ジョーダンのような公務員を目指す男の話。

マイケル・ジョーダンのような公務員を目指す男の話。

こんにちは。坂口友亮です。

僕の友人に、プロバスケットボールプレイヤーを目指していたけれど、夢を叶えられなかった男がいます。

彼に「本気でスポーツに打ち込んだ経験は、その後の人生に活かせているか?」という質問をしたら

マイケル・ジョーダン的な公務員になることはできる

という8664字のアツい返信がきました。

アスリートの経験をセカンドキャリアに活かせるかな?と不安に思っている人にぜひ読んで欲しいので紹介します。

ただ全文を載せるのはさすがに長すぎるので、大事なところだけまとめました。


スポーツに打ち込んだ経験がその後の人生に活かせるか?についてならば、まず間違いなく活かせると俺は思う。

スポーツでなくても、プロになれるくらい真剣に打ち込んだものがある人は、どんな分野でも通ずる普遍的な対応力、いや忍耐力というのか、とにかく小手先ではない足掻く力がある。

バスケットボール選手になりたいと本気で思って、ラリー・バード、ピート・マラビッチ、ジョン・ストックトン、マイケル・ジョーダン…他にも挙げきれないほどたくさんの、偉大な選手を研究したよ。

ただバスケットボールは俺にとって本当に苦しい苦しいものだった。

毎日、嫌で嫌で仕方なかった。

「また今日も全然上手くいかなかった」と毎日悩んだし、先輩が怖くて、きつい練習が嫌で、土日の練習前は吐きそうになっていた。

何度もバスケを辞めようと思ったけど、最後まで続けられたことで得た忍耐力はすごい自信になって、当時はこれからはどんな困難が来ても乗り越えられると思ってた。

でも実際には、大学受験も忍耐力が続かなかったし、大学の授業も大学院の研究でも、バスケの時のような忍耐力は発揮できなかった。

忍耐力はバスケットボールを通して得た最大の能力だと信じていただけにショックだったよ。

これは「価値観とか信念」のためではなく「いい大学に入りたいとか」「いいところに就職したい」とか自分の「損得とか欲望」のためにやってたからだと思う。

自分の欲望のために頑張ろうとする人間は、きつくなった時に投げ出してしまうと気づいたんだ。

価値観に生きる人間はそうならない。

例えば、ジョン・ストックトンは弱いチームを強豪にして、アシストとスティールでNBA史上最多の記録を残して、オリンピックで金メダルまでもらった。

でも一番の目的だった「チームを優勝に導く」というは目標は成し遂げられなかった。

ただ、ジョン・ストックトンがバスケットボール史上最も偉大な選手の一人だと俺が考えるのは

「自分を信頼してくれたチームを優勝させたい」

という自分の美学を、これ以上ないくらい見事に貫き通したからだよ。

そうなると、NBAファイナルを制するどころか、NBA選手になることもできず、もっと言うとプロバスケットボール選手にもなれなかった俺の人生は、

「後悔のないようにその瞬間瞬間に全力でぶつかっていく人生」

にするべきだと分かった。

NBA選手になれなかった俺は、マイケル・ジョーダン的なバスケットボール選手になることはもう叶わないけども、マイケル・ジョーダン的な公務員になることはできる。

憧れを追求することはどんな道を選んでも可能だ。

俺は今でも偉大なバスケットボール選手たちに憧れていて、その人たちと同じ道を歩きたいと真剣に思っているんだ。

自分で言うのもなんだけど、俺は公務員としては仕事ができる方だと思う。

プロのアスリートは別だろうけど、大抵の仕事は特殊能力のなさが致命傷となることがない

職業に必要なスキルや能力は後天的に身につけることができる

そうなると、どれだけその職務に忠実かつ誠実に、時間をかけて努力できるかが重要となる。

俺はこの辺りの能力が、バスケのおかげで突出しているんだ。

自分が憧れた道をバスケ以外でも実現できると気づいた。

バスケ選手になれていたら、という思いはもちろんあるけどね。

くっそ長くなったけど、こんなところかなぁ。